長崎市農業センター内にあるビニールハウスで大場教授が小さな黒いペレットを見せてくれました。これが下水汚泥から生まれた肥料です。こちらのビニールハウスではこの肥料を使って野菜を作っているそうで、ハウスの中はトマトが鈴なりです。
 下水汚泥から生まれた肥料は無菌状態に近く、土の中の微生物によって分解しやすい状態になっています。安全、安心な野菜ができるというのは消費者にとって嬉しいことですが、この肥料、実は農家にとってもいいこと尽くしなのです。というのも、牛糞などとは違ってペレットは軽いため作業がしやすい上に、土壌改良材としても使えるのです。ペレットを混ぜて1年という土を触らせてもらいましたが、周囲の土と違ってサラサラ、ふかふか。これならおいしい野菜ができるのも頷けます。
 大場教授は研究の成果を実感するのは、農家の方と話をするときだと言います。「現在、この肥料は登録していただいた農家さんに試験提供しています。多くの方にこの肥料を使って様々な野菜を作っていただいていますが、『おいしい野菜ができた』と言われると本当にうれしいですね」。中には「化学肥料とは違って、昔食べた野菜本来の味がする」と言う人もいるのだそうで、研究の成果は確実に花を咲かせています。
 CO2を排出することなくゴミを減らし、エネルギーや肥料を作り出す。そしてそれが地球の低炭素化へとつながっていく。こうしてみると、大場教授の研究は循環していることが分かります。「このシステムが市町村や県、そして世界へ広がっていけばいくほど、よりよい環境と安全な食が約束されます。特に東南アジアでは必要とされる技術ではないかと思います。長崎発のシステムが世界を変えるかもしれません」と大場教授。同じく中道隆広助教も「このシステムの実用化はまちの活性化につながります。地域が元気になる技術としても注目されているんですよ」と話します。
 夢の技術ですが、大場教授はこれからの課題もあるといいます。「今後はこの肥料を使った場合、土からどれくらいの量のCO2が出るかを研究する必要があります。特に密閉されたビニールハウスの場合、土から放出されるCO2の量は大事です。植物はCO2を吸って元気になり、おいしくなるのですから」。
 また大場教授はこうも話します。「私が興味のあるもうひとつのテーマは太陽熱消毒法です。つまり夏の期間、ビニールで土を覆い、太陽の熱を利用して土壌中の悪い微生物を死滅させて、いい微生物だけを残すんです。この太陽熱消毒法というのは1976年頃からある方法なのですが、これまでは日によって畑に日光が当たる時間は違いますから、効果は不安定でした。私はそれを安定させる方法を考えています。『こんなふうにしたら農薬を使わずに悪い微生物はすべてなくなりますよ』というのを農家のみなさんに提案したいですね」。
 大場教授の研究室では将来、農業関係の仕事に進みたいと希望する学生たちが日々研究を進めています。大場教授と学生たちの距離感はとても近く、ビニールハウスでは冗談を言い合う光景も見られました。学生たちは口を揃えて「先生はとても優しい」と話します。しかしその根底には教授の研究に対する真摯な姿勢への尊敬があります。
 大場教授はこう言って笑います。「高校生活はどうでもいいんです。要は大学に入ってからが勝負。いかに興味をもって勉強に取り組むかが大事なんですよ」。