山田由香里教授の専門は建築。とは言っても、建物を造るのではなく、歴史ある古い建物を調査し、その結果を踏まえ、歴史を活かしたまちづくりを提案するのが主な仕事です。最近では、建物を世界遺産や国宝にするお手伝いといった仕事も増えてきたといいます。歴史ある建物がどんどん失われていく今、山田教授の研究は注目を集めています。
 2015年7月、島根県の松江城天守が国宝に指定されました。山田教授はこの城を調査したメンバーの一人。松江城は戦後に行われた大々的な修理の際に、傷んでいた柱や梁の多くが新しい木材に取り替えられたそうで、山田教授は修理の記録をもとに、建築当初の姿を推測したといいます。この時の調査で今まで知られていなかったことが明らかになり、その結果、松江城は国宝に指定されました。
 現在、世界遺産登録への動きを見せている長崎県の教会群も山田教授が調査を手掛けたひとつ。「私が調査した上五島の頭ヶ島天主堂は石造りの教会堂です。これまで頭ヶ島天主堂は島の周りの石を使って造られていると言われていましたが、実際の石切り場までは分かっていませんでした。しかし今回、漁船に乗り周囲を調査した結果、だいたいの場所を見つけることができました。石は大変重いため、石切り場から船を使って運び出すという手法は全国各地で見られます。しかし今回発見した石切り場では引潮の時にしか切り出すことができない場所もありました。ですから当時、石工は引潮の時間帯を狙って石を切り出していたということになります。今回の調査を通して、そうやって切り出した石を使って、教会建築を造ったことが分かりました」。
 こうした山田教授の研究がまちづくりに活かされた例もあります。それが平戸です。現在はその魅力的な街並みが脚光を浴び、多くの観光客が訪れるまちとして知られていますが、山田教授が所属大学院の故西和夫 神奈川大学教授と調査を始めた2000年は、地元の人たちの街並みへの関心は大変低かったといいます。当時は平戸オランダ商館の復元が行われており、平戸市はこれを目玉にまちづくりをしようと考えていました。しかし「そこだけ見て帰られてしまうと、地元は全く潤いません。地元にお金を落としてもらうためには、平戸オランダ商館から続く街並みを魅力的にする必要があると考えました」と山田教授。その思いは地元の人々へ届き、まちづくりがスタート。今や平戸は年間170万人以上が訪れる長崎を代表する観光地へと生まれ変わりました。
 研究の魅力を山田教授はこう話します。「どこかに出掛けて行って、建物の調査をし、それまで言われていることとは異なる事実が分かってくることは、とても面白いことです。しかしそれ以上に面白いのは、調査の結果、みなさんがその建物に興味を持ってくれること。建物は昔から変わらず同じ場所にあります。しかしその価値が明らかになることで、多くの人が興味を持つようになるというのは、とても嬉しいことです」。
 それまで関心がなかった建物や景観が国宝や世界遺産になるたびに大喜びをする私たちは現金なものですが、その陰には、誰に注目されずともその価値に気付き、地道に調査を続ける山田教授のような研究者がいるのです。「地味な仕事ですよ」と話す笑顔は、どこか誇らしげでした。